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プレーイングマネジャー

多くの職場で、こうしたミニ実践を通じて、部下が上司のやり方を自分なりに工夫して、自らのマネジメント方法を確立してきたのである。別の言い方をすれば、ミニ実践がなければ上司から学んだものは、単に良い上司行動である。試行することを通じて初めて、自分のマネジメント手法になる。

 いうなれば多くの企業でこれまでミドルマネジャーは、「観察学習→ミニ実践→自分なりのやり方開発」という過程を経て自分で自分を育成してきたと考えられるのである。考えてみても、ミドルマネジャーとしての行動のうちホントに重要なところは、部下が上司を見つつ、工夫をしながら自分のやり方を見つけてきたというのが正直なところだろう。
 だが、こうした方法にはいくつかの決定的な難点がある。そしてこうした難点が顕在化するとき、これまでのミドル育成法は機能しなくなる。難点の一つは、職場の状況として、見るべき上司の背中があり、また上司から盗んだことを試行できる場があることである。

 まず見るべき背中については、ミドルのプレーイングマネジャー化、組織のフラット化などによって、ミドルが一人ひとりの部下と相対できる時間が極めて少なくなった。今までは、いつも席に行けば上司が座っていたのが、お互いに忙しくなり、メールでアポイントメントをとらないと会えなくなってきた。また上司と同行するチャンスもめっきり減った。

 また魅力的な上司が減ってきた。というか正確に言えば、部下にとって、上司が魅力的に見える場面が少なくなってきたのである。例えば、自分の経験をちょっと脚色して、ストーリーとして部下に伝えるという場面は、部下から見れば、未知の世界への誘いであり、そこからその上司の背中を見たいと思う意欲が高まることもある。だが、私が見る限り、上司が部下に自分の成功物語を話して、部下が眼を輝かして聞く、というような機会が減ってきたように思う。

 さらに、上司が部下にチャレンジする背中を見せる場面が少なくなっていることもある。厳しい業績管理のもとで、上司はチャレンジをせず、ただ忙しく目標を達成する姿だけが見られるようになってきたのかもしれない。いずれにしても、上司が部下に魅力的に振る舞える機会が減ってきた。部下にしてみれば、仕事を楽しんでいるように見えない上司の背中を見る意欲はわかないだろう。

 もう一つが試行する機会の減少である。上述したように人はミドルに育つまでに、先輩や上司のやり方をまねて、自ら「ミニ実践」を行うことが学習の観点からは重要である。
 だが、ここで考えておかないとならないのは、ミニ実践がきちんとできるためには、職場にリスクを受け入れる余裕が必要なことである。学習途上にある若手に、「やらせてみる」余裕である。
 だが今、多くの職場で「やってみなはれ」という雰囲気が低下している。職場として失敗を許容しない雰囲気が浸透しているのである。その背景には成果主義や企業内のリスク観の変化などがあるのだろうが、ミニ実践があくまでも「やってみる」経験である以上、失敗が許されにくい職場では若手のチャレンジは起きにくいのである。その結果、重要な学習経験が失われる。
 ほかにもあるかもしれないが、これまでのミドルまでの育成がきちんと機能していた環境は大きく揺らいでいるのだ。

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